正修寺別院「縁の里」動物霊園のブログ

大阪府茨木市の正修寺別院「縁の里」動物霊園では、家族の一員として共に暮らしたペットたちが安らかに眠れるように日々供養をいたしております。「縁の里」でのイベント情報や日々の様子をご紹介しています。

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本門法華経の梗概(こうがい:概要) 第19回

「若し、わが説くこの陀羅尼呪に順(したが)わないで行者を悩ますようなことがあるなら、その者の頭は七つに割れて、恰も地に落ちるなら七分するというあの阿梨樹(ありじゅ)の枝の如くなるでありましょう。父母を殺す罪、油を圧出(:しぼりだす)す時、多くの生物を殺す罪、斗秤(:はかり)を以て人をたぼらかす罪、提婆達多が僧伽(そうろ)の和合を破った罪と等しく、法華経の行者を悩ますものの罪は重く、当(まさ)に地獄への報いがありましょう。」と法華経の行者を悩ますものの罪の恐ろしさを具(つぶさ)に語り、行者をばどこまでも守護し、一切の衰患を離れて安穏ならしめんことを誓ったので、釈尊は、

「よく誓願してくれた、僅かに法華経の名を受持する者を擁護する功徳すら、仏も計り得ぬのであるから、更に、読誦し、解説し、書写する者を守護するくどくは一段である。まして、自ら法華経を説のごとく修行する功徳は、実に広大であるぞ。」と二聖・二天・十羅刹女並びに鬼子母神等の法華経の行者守護の誓いを賞せられるのであった。

今は昔、四人の修行者がいた。僅かに露命をつなぐに足る物資を里に托鉢(たくはつ)して、深山の奥深く修行に精進していたが、ある日のこと、四人は相談して、かく四人が、日毎に托鉢しているのでは修行に怠りがちになる。誰か一人が托鉢を受持って、残る三人は日夜修行にはげみその功徳は四人が等分に受けることにしたらどんなものだろう?ということになったので、中の一人が毎日里に托鉢し、三人は山に留まって修行に専念して幾歳かが過ぎた。

一日、どうしたのか、托鉢僧はいつものように、あの里、この里の戸毎を訪れても、全く施しが得られない。彼は疲れに疲れ、山の友が心にかかりながらも、どうともしようがない。飢えと疲れにうちのめされて、路傍の石に腰を下ろし、思案にくれていたが、ついうとうとと眠りに落ちた。

すると、突然のさきぶれの声に驚かされて夢が破れた。目前には国王の行列が粛々とすすんでいるのである。見るとはなしに目をやれば、威風堂々たる行列の立派さ、あたりを払う眩(まばゆ)いばかりの王の偉容、彼は同じ人間と生まれながら、国王の身とわが境遇の余りにも大きな相違に、不図(ふと)われも一ど国王に生れたなら、と思った刹那に息が絶えたのであった。

山の三人は友の帰らぬのを心配し、待ち焦がれて幾日かを過ごしたが、飢えは刻々に迫り、疲れは加わって来る、それでも、元気を出して専念修行していたが、彼等も遂に餓死して了った。

しかし、修行の果報によって三人はめでたく菩薩の位に上がることができた。

それに反して、托鉢僧は臨終の一念の希望によって大国の王と生れた。国王と生れてみれば、その権威と栄華のとりことなって、安逸をむさぼり、いささかも善根を積まないので、次の生には中国の王と生れた。こんどもいたずらに一生を送って、第三生には小国の王と生れた。若し、彼がこんども善根を植えぬなら、宿世の果報が尽き果てて、悪道に堕ちねばならぬ運命である。

ここに、かっての同行者であった三人の友は、宿世の因縁の上に、どうとかして彼を救いたいものと変化して、一人は浄徳夫人、二人は浄蔵・浄眼の二子と生れて来たのである。この国王こそ妙荘厳王(みょうしょうごんおう)である。

かかる時しも、雲雷音宿王華智仏が出世されていた。

釈尊は大衆に、「その乃往(:むかし)『喜見』という世の『光明荘厳』国に、雲雷音宿王華智仏という仏が出世されていた。その時代に妙荘厳王という王があった。夫人を浄徳といい、浄蔵・浄眼の二子の二子があった。この二子は服徳・智慧が具わり、久しく仏道を修行して悟りに入っていた。宿王華智仏は妙荘厳王を導かんがために法法華経を説かれていた。

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