正修寺別院「縁の里」動物霊園のブログ

大阪府茨木市の正修寺別院「縁の里」動物霊園では、家族の一員として共に暮らしたペットたちが安らかに眠れるように日々供養をいたしております。「縁の里」でのイベント情報や日々の様子をご紹介しています。

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本門法華経の梗概(こうがい:概要) 第7回

一会(そのざ)の大衆は、釈尊の仏寿が久遠の昔より永劫の末にいたるまで、不滅であり、常住でましますことを聞いて大いに歓喜し、多大の法益に潤うことができた。釈尊は弥勒菩薩に対して、仏寿の長遠(じょうおん)であることを聞いて信受した多くの人々の受くる利益功徳を、十二通りに分別して、或いは悟りの名、或いは成仏の時期・・・・、などを細々と告げられたが、この大功徳に転地は感動して、宝塔の中の釈迦・多宝の二仏をはじめ、そ一会の大衆の頭上に、天華や香雨をふらし、空中には自然と天鼓の妙音が鳴り、種々な物が供養された。

弥勒菩薩は一会を代表して、「世尊はよにも稀なる教を垂れさせられ、一会の大衆は未曾有の歓喜に浸っております。
世尊のお力は量るべからず、寿命また尽きるきわみがありません。私たち仏子はそれぞれに悟りを得て、法悦が身に溢れております。天華・妙音はしんしんとして雨(ふ)り、天鼓は空中に自然に鳴り、供養の妙物はあたりに充ち、まことに未だかって見ざるところであります。仏寿の尽くるところなきを聞いて、一切の衆生は善心に甦(よみが)えり、無上の悟りに心を湧き立たせております。」と仏徳を賛嘆したのである。

「弥勒!『一念信解(いちねんしんげ)といって、誰人にもあれ、釈迦牟尼仏の寿命の不滅であることを聞き、それを心からほんの一念になりと信ずるなら、その功徳はとても量ることができぬ大きなものである。それがどんなに広大であるかは、若し誰か悟りを聞かんがために、長い長い間に亙(わた)り、布施・自戒・忍辱・禅定・精進の五つの修行を積んだ功徳も、前の仏寿の無窮を聞いて一念も信ずる功徳に比べるなら、百分の一、千分の一、いや百千万億分の一にも及ぶまい。こうした功徳のある一念信解であるから、これによって無上の正覚の得られぬという道理はない。

更に『略解言趣』といって、仏寿の長遠を聞いて、ほぼその妙旨を解することができたなら、その功徳は限りなく、仏の智慧を獲得することができよう。

況(いわん)や『広為他説(こういたせつ)といって、法華経を聞いて会得するだけでなく、広く他にも聞かせ、われも持ち、他にも持たせ、われも書き、他にも書かしめて供養するなら、その人の功徳は無料で、やがて仏慧を開くであろう。

如何に況や『深信観成(じんしんかんじょう)』といって、仏寿の長遠を聞いて十二分に領解するなら、われ釈迦牟尼仏が霊鷲山(りょうじゅせん)に在って、大菩薩衆をはじめ、大衆にかしづかれて、法華経を説いている光景を目のあたりに見ることができよう。

上の四つは釈迦牟尼仏が世に在るときの法華経受持の功徳であるが、滅後においてはまず『一念随喜(いちねんずいき)』といって、この経を聞き、そしりなどせず、ああ有り難い、と僅かの一念に随喜の心を起こすなら、それはすでに法華経を十分理解したのと等しい功徳がある。
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