正修寺別院「縁の里」動物霊園のブログ

大阪府茨木市の正修寺別院「縁の里」動物霊園では、家族の一員として共に暮らしたペットたちが安らかに眠れるように日々供養をいたしております。「縁の里」でのイベント情報や日々の様子をご紹介しています。

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本門法華経の梗概(こうがい:概要) 第6回

これらの衆生は、過去世の罪業の報いとして、長い間に、仏の名も、法の名も、僧の名も聞くことさえできぬが、多くの善根を積み、功徳を累(かさ)ね、心なごやかに、素直な者は、釈迦牟尼仏がここにいて説法しているのを、見ることができよう。

かく釈迦牟尼仏は、時に仏の寿命の不滅を説くが、また久しく仏に値(あ)っていて、難遭の念いを失ったものに対しては、仏には値い難いぞ、とも語るのだ。仏の智慧のはたらきは、まことに思議しがたいもの、智慧の光明は世の中をくまなく照らし、寿命は永劫に尽きるところがない。これは久しき間に亙(わた)るわが修行の結果である。

そちたちまことに道理を解することができるなら、決して仏の言を疑ってはならぬぞ。どうか、永劫に疑惑をば断ち切ってくれ。仏の説くところは、真実であっていささかの虚構もない。あの良医が毒に中(あ)てられて狂える子供たちを治さんがため、死んだではないが仮に、旅に死んだ、と告げさせたことに虚言の責めのないように、われ釈迦牟尼仏は世の衆生の慈父である。苦海に浮沈している衆生の苦を救うてくれるのだ。凡夫の
心が迷っているから、常住の仏でありながら、仮に滅度をとるというのだ。

常に仏に値(あ)っていては、狎(な)れて我儘な心を起し、身を持つ事を放逸に、色・声・香・味・触の五欲に囚われて、ついには悪道の中に堕ちる結果ともなる。

それがため、釈迦牟尼仏は衆生が道を修すると修せざるとを見究め、それに応じて種々に教を説き分けるのだ。それはそれとして、われ釈迦牟尼仏は、如何にしたら一切衆生をしてまことの仏の道に入れ、一日も早く成仏せしめることができるであろうか、と夢寐(むび)の間たりとも心を休める時とてはないのだ。」と釈尊は、「久遠の寿命」と「不断の化導」と「応現の妙用」と「現滅の大慈」と「不壊(ふえ)の仏土」と「毎日の悲願」----過・現・未の三世にわたって尽きぬ仏寿、久遠より永劫の息む時のない教化、口と身の上に現される妙なる用(はたら)き、仮に相(:すがた)をかくして恋仏の心を起させる大慈、いかなることにも変わることのない浄土の相、終日竟夜(:ひねもすよもすがら)のあたたかい衆生に対する慈念----、を言を尽くして語られるのであった。
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世界では、1日に4万人以上が、そして、1カ月では120万の人々が死んでいきます。 1年間では1500万の人々が貧しさを原因として死んでいくのです。 さらに深刻なのは、その90パーセント以上が子供だということです。
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