FC2ブログ

正修寺別院「縁の里」動物霊園のブログ

大阪府茨木市の正修寺別院「縁の里」動物霊園では、家族の一員として共に暮らしたペットたちが安らかに眠れるように日々供養をいたしております。「縁の里」でのイベント情報や日々の様子をご紹介しています。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

迹門(しゃくもん)法華経の梗概(こうがい:概要) 第 16回

譬えてみれば、仏の衆生教化の方法は、険難な、しかも人跡稀な恐ろしい道の五百里の彼方に、宝の山を求めて多くの人が旅立つにあたり、聡明で、道の様子を熟知している一人の導師が、先に立っ道案内をした。しかし、人々は途中の道があまりにも険悪なのに辟易(へきえき:しりごみ)して、「私たちはもはや疲れ果てて、一歩も進むことができません。前途はまだまだ遥かですから、もう引き返します。」とうったえたので、導師は、惜しいことだ、宝の山を目前にして捨ててかえるとは、と思い、三百里すぎたところに、仮に1つの城を作り、人々に、「君たち!心配はない。帰ってはならぬぞ。この城の中に入って自由に休息しなさい。必ず元気を回復することができよう。宝の山をきわめてからでなければ、帰ってはなりませぬぞ。」と告げたので、疲れ果てた人々は、これは結構なお城だ、と大いに喜んで、その中に入って疲れを休めた。だが、彼らはここにすっかり落ち着いて、これが宝の山であるかのように歓び、安心してしまったので、導師はここに落ち着かれては大変と、皆が十分に休息して疲労を回復したころを見計らい、その城をかき消して、「君たち!宝の山はもうそこだ。この城は仮に作って一時君たちを休ませてくれようと思ったに過ぎないのだ。宝の山はもう一息だ。さあ元気をだせ」というように、

われ釈迦牟尼仏はそちたちの導師である。生死の海は深く遠く、煩悩の道は遥かに険しいが、なんとしてもそれをば乗り越えねばならぬ。並々ならぬ努力を必要とする成仏の道の一仏乗、直ぐと説いたのでは、そちたちの心が下劣で、道の険悪を怖れて怯み、仏にも近寄らず、修行もしなくなろうから、無上正覚の宝の山までの途中に、方便を以て、声聞の教や縁覚の悟りなどを説き、一時、そちたちをそこに憩わせたのだ。さらに前進するだけの元気を取り戻したのを見て、これまでの悟りは真の正覚でなかったのだ。だが、成仏の悟りはもう近い。今一息修行せよ、とはげましているのである。

かように、仏は方便の力を以て一仏乗を分別し、声聞乗・縁覚乗・菩薩乗の三つの教として説いたのだが、それは恰(あたか)もあの導師が一時の休息所として『仮城』を作り、人々の疲労が回復したところで、宝の山はすぐそこだ。これは宝の山ではない、かりに作った仮城にすぎないのだ、と教えるのと同じであるぞ。」と釈尊は娑婆世界の衆生との深い因縁と、「仮城宝処(けじょうほうしょ)」の譬えによって、三乗方便一乗真実の大事を語られたのであった。

スポンサーサイト

*Comment

Comment_form

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。

左サイドメニュー

プロフィール

縁の里

Author:縁の里
FC2ブログへようこそ!

最新記事

最新トラックバック

FC2カウンター

ワンクリックで救える命がある!

世界では、1日に4万人以上が、そして、1カ月では120万の人々が死んでいきます。 1年間では1500万の人々が貧しさを原因として死んでいくのです。 さらに深刻なのは、その90パーセント以上が子供だということです。
大阪府-ペット霊園-正修寺別院「縁の里」