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正修寺別院「縁の里」動物霊園のブログ

大阪府茨木市の正修寺別院「縁の里」動物霊園では、家族の一員として共に暮らしたペットたちが安らかに眠れるように日々供養をいたしております。「縁の里」でのイベント情報や日々の様子をご紹介しています。

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迹門(しゃくもん)法華経の梗概(こうがい:概要) 第 12回

窮子(ぐうじ)は長者のこの温かい待遇を心から感謝はいたしますが、依然として己は一人の使用人であると、なおも二十年、除糞(:おわい掃除)の仕事に従事いたしました。しかし、その内に互いの気持ちは段々とうちとけて、出入りにも自由を得ました。

だが、それでも彼は以前のままのところに起臥しておりました。かかるうちに、長者は病気にかかり、死期も遠くないことを自覚しましたので、窮子に、「わしは多くの珍宝を蔵に有っている。そうした財宝のことをお前はよく承知しているのだから、十分に気をつけて散逸しないようにして貰いたい。わしはお前と一体だと思っているのだから・・・・。」

窮子は長者の意のあるところをよく飲み込んで、多くの蔵の金銀財宝に注意を払いますが、一物たりと私の用に供するが如きはなく、なお昔のままに振舞って、自分は窮子であるという心をすてないでいました。

また暫くたつと、長者は窮子の心が漸く(ようやく)開け、卑下の念いのなくなったのを知り、且つ己の臨終の迫ったとき、国王や大臣をはじめ、親戚一同を集めた席で、「皆さん!ここにいるのは私の子です。私は生みの父です。かって私の手を離れて流浪すること五十年、その名はこれこれと申します。手をつくしてあちこちに探し求めました。でもどうしてもたずね得なかったのが、過ぐる日、漸く再会することを得たのです。彼は私の実の子です。私は彼の実の父です。一切の私の所有の財宝は、当然、彼の所有となります。」と宣言しましたので、窮子は長者のこの言葉を聞いて驚喜し、何ら求むるところがなかったのに、この多くの財宝を譲り受けるとは、一体、どうしたことか、と無上の歓喜にひたったというのでありました。

世尊!大福長者とは、まさに世尊のことでございます。私たちは世尊の愛子です。世尊は私たちを仏子であると仰せられましたにも拘わらず、私たちはかりそめの教に、かりそめの悟りを開き、それに満足して大乗の無上の教に志すことなく、菩薩衆に大法を説かせられるのを聞いても、他人事のように考え、小さい教に囚われて、真の仏子たる自覚を欠いておりました。私たちが仏子の自覚を得て大法をもとめますなら、世尊は何らの惜しむところなく、一仏乗たる法華経をお聞かせくださいまして、求めざるに無上の珍宝を自然に獲、仏子として頂戴するものの、一切をいただくことができたのでありました。」
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