FC2ブログ

正修寺別院「縁の里」動物霊園のブログ

大阪府茨木市の正修寺別院「縁の里」動物霊園では、家族の一員として共に暮らしたペットたちが安らかに眠れるように日々供養をいたしております。「縁の里」でのイベント情報や日々の様子をご紹介しています。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

迹門(しゃくもん)法華経の梗概(こうがい:概要) 第9回

衆生を見るなら、これらの生・老・病・死等に悩まされ、色・声・香・味・触のために五欲の虜となって、苦しみもだえ、死しては悪童に堕ち、今生において困苦・欠之・哀別・怨憎らの苦の中にありながら、それを知らず、覚らず、驚きも、恐れもしないという矛盾のうちに、東西に馳せまわっていて、いささかも悟りの世界を求めようとしないでいる。この憐れむべき衆生の様を見て、仏はいろいろの教を説いて、その苦を免れしめんつとめているのだ。
仏の神通の力、智慧の力を以てするに非ずんば、火宅の三界より逃れしめることはできない。そして、仏は身や手の力を用いないで、どこまでも教を説いて衆生を誘い、人々の求めに従って、それぞれに方便の説法を以て彼等を救うのである。

舎利弗!仏の教を聴いてこの世界の苦を脱れんとするものの中にも、火宅を出て羊車を求める子供の類はこれを声聞、鹿車を求めるものはこれを縁覚、牛車を求めるものはこれを菩薩というのだ。だが、子供らが火宅を出た時、長者は等しく大白牛車を与えたように、仏も衆生が火宅の如きこの世界の苦を怖れて外に出るなら、これに与えるものは等しく仏乗の大白牛車であって、声聞の教、縁覚の教、菩薩の教ではない。衆生は等しくわが愛子(いとしご)であるから、これに与えるものは、等しく仏の無上正覚である。

舎利弗!かの長者がはじめ羊車・鹿車・牛車を以て子供らを誘い、実には数々の宝物を以て飾った大白牛車を与えたことに非難のないが如く、仏がはじめ声聞乗・縁覚乗・菩薩乗の三乗の教で衆生を誘引し、最後に一仏乗の教を説きたいのであるが、衆生がそれを受け入れるだけの心構えを有っていないから、しばらく方便を以て、一仏乗の教を声聞の教、縁覚の教、菩薩の教と三つに説き分けたのである。」

釈尊の十大弟子の首位にあって「智慧第一」と世間に称えられている舎利弗尊者につぎ、特に「中根の四大声聞」と呼ばれる須菩提(しゅぼだい)・迦旋延(かせんねん)・大迦葉(だいかしょう)・目連(もつけんれん)の四人は、これまでに未だかって聴くことのなかった尊い一仏乗の教について、いとも懇切丁寧な説法を聴き、また舎利弗尊者に華光如来の記別(おすみつき)を授けられたのを見て、世にも有難い念いに、歓喜にあふれ、威儀を整え、合掌して仏顔を仰ぎつつ、
「私たちは門下の首座に在りながら、はや年老い、自らは既にひとかどの悟りを得たが如く思って、更に進んで無上正覚(しんのさとり)に向かって修行せんとする熱意を失って、阿羅漢の悟りに満足し、世尊が菩薩衆を教えて、仏の正覚をえさしめんとあそばされているのを見ても、羨ましいとも望ましいとも思わないでいました。
しかし、今まのあたり舎利弗尊者に成仏の記別をお授けになりますのを見ては、まことに歓喜に堪えません。思いがけなくも、尊い教を聴きますことの慶びは、いってみますなら、値なにほどとも知れぬ珍しい宝を、求めずして自然に獲たが如き感じでございます。私たちのこの歓喜を、いま譬えを以てのべさせていただきましょう。

スポンサーサイト

*Comment

Comment_form

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。

左サイドメニュー

プロフィール

縁の里

Author:縁の里
FC2ブログへようこそ!

最新記事

最新トラックバック

FC2カウンター

ワンクリックで救える命がある!

世界では、1日に4万人以上が、そして、1カ月では120万の人々が死んでいきます。 1年間では1500万の人々が貧しさを原因として死んでいくのです。 さらに深刻なのは、その90パーセント以上が子供だということです。
大阪府-ペット霊園-正修寺別院「縁の里」